空を掴め ── 空像へ

「諸行は無常であるからその実体もなく確定するものは無い」──大乗仏教の流れにとって重要な概念 「空-くう- 」 を思念する仏僧であると同時に、写真家でもある谷口昌良による作品集。
谷口は実体なき世界と「見ること」について長年にわたり思索を重ねてきた。2つの間を絶え間なく揺らぎながら、表象をめぐっても重ねられてきたその思索は、自身が老眼になった今、眼鏡を外すと焦点が合わないことで像が結ばれることがなくなったことを契機に「実体は無常であり、写真は無常像だ」という開眼を谷口にもたらした。その思念から、作家は眼鏡を外して松の森に佇み、カメラ上のダイヤルの数字も見えず、フォーカスも分からないままで撮影する写真行為 ＝「空-くう- 」 を掴むことへと向かっていった。 馴染んだ滑らかなフィルムで陶酔するように松の森を撮影したのち、谷口にはふと松の表皮が自然の中のピクセル（一画素）に見えたことをきっかけに今度はカメラが自動的に焦点を合わせるデジタルカメラにも身を任せることを始めた。かねてから「嘘をついて勝手な表象に変化させる」という懐疑を持っていたデジタル写真の撮影を通して、谷口は、ついに写真が「空-くう- 」 であるという確信に至り、最後には写真を燃やし供養にいたる。 白隠禅師が描いた多くの書画も「空-くう- 」への所為としてのものだったのかもしれない──、撮影を通してそう体感するようでもあったという一連の行為による作品を収録する本書は、仏教と写真の根幹から、自我と表現、表象への問いを私たちに投げかけると共に、実在と切り結ぶ「空像-くうぞう- 」としての写真のありようをそこに立ち上がらせている。

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